かもめダイアリー

画:植木まみすけ http://mm9.hatenablog.com/

第9話「セレブの品格」2

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  まゆと駅前で別れた頃には柚葉は軽い空腹を覚えていた。よく考えれば図書室を追い出されてからまゆとインコを運び、かもめ寮で休憩してまた歩いたことを考えるとそれも仕方がない気がした。そんなに頑張ったのか私。これから大根坂を登るにはエネルギー補給もやむなし。ハムカツの買い食いを許す。

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第9話「セレブの品格」

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  古典の授業前の柚葉たちの教室内には、いつもの能天気な笑い声ではなく、ちょっとした緊張感がぴりりと潜んでいた。先月から毎回授業前に百人一首の小テストが入るようになったのだ。一問四点が五問ずつ。このテストの点数が成績の何パーセントかを占めるということもあって、みんな古典の授業前は勉強時間になったのだ。

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第8話「ベイビーパニック」2

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 西田はこのあどけない赤ん坊、宏紀くんを「甥っ子」「親戚の子」としか呼ばなかった。多分、自分が榎さんの弟だということを知られたくないんだ、と柚葉は思う。確かに先生同士が知っているならまだしも、生徒に知られるのは面倒だろう。少なくともこの状況でカミングアウトしたら全生徒にあと二、三年はそのネタでいじられることを覚悟しなければならない。あらためて先生業の辛さに頭が下がる柚葉だった。

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第8話「ベイビーパニック」1

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 今年のゴールデンウィークは飛び石休暇だった。火曜日が休日ののち水木金が平日、土曜から火曜まで休日、となっていて、火曜と木曜に授業のある西田にとっては二度も休日があるおいしい期間……というわけにもいかなかった。
 そもそも休日は二度もない。水曜日に振替授業が入ったので結局は一度きりである。しかも休みで授業がないということは授業進度もその分遅れるのでクラスごとにカリキュラムを組み直さなければならない。こうなるとあまり休みの意味がなくなっているような気がするが、やはり休みが嬉しいことに変わりはない。

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第7.5話「名コンビの理由」

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 いつものように副部長の碇は部長の塩見の隣に正座すると、本日の練習メニューと人員の振り分けを読み上げた。穏やかな声が茶室を渡っていく。
「――今日のメニューは以上です。塩さん、何か連絡はありますか?」

「ありません。ハッチさんはありますか?」
「ありません♪」
「じゃあ」
 すっと全員が畳に手をつき、唱和する。
「お稽古よろしくお願い致します」

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第7話「縁と緑」2

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「りっちゃん、唐玉丼ひとつー」
「あいよー」
 返事と共に、たくましい腕が大釜からつやつやのご飯をプラスチック製の赤いどんぶりに盛っていく。この食堂のおばさんは「りっちゃん」の愛称で親しまれている。真っ赤な口紅がトレードマークで、柚葉はなぜかりっちゃんから顔を覚えられてなにかにつけては小鉢をおまけしてもらっているのだった。

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第7話「縁と緑」1

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  柚葉は二段ベッドの上で今日マチ子の「センネン画報」を読んでいた。階下の晴はもう寝ている。 
 読み終わった柚葉は水が飲みたくなってベッドから降りた。一階に降りていこうと電気のついていない階段を降りていく。前までは懐中電灯片手じゃないと歩けなかったが、今はどこに何があるかわかるようになったのでブラインド越しに漏れる外の街灯の薄明かりさえあれば十分歩ける。 
 一階まで降りたとき、食堂のあたりで「なにか」が動いたのが見えた。「誰か」ではなく「なにか」。人ではないフォルムをした、人ぐらいの大きさのなにか。

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