かもめダイアリー

画:植木まみすけ http://mm9.hatenablog.com/

第4.5話「はじめてのいそけん」

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 いつものように朝の校門をくぐり外階段をのぼり教員室前を通りすぎたとき、柚葉たちは物々しい光景にぎょっとした。
 廊下の真ん中にポールが置かれ二列に区切られている。混雑する廊下を動き回っているのは一分の隙もなくびしっと制服を着こなした生徒会員たちだった。

 「おはようございます。異装検査を開始します」
 柚葉、遊莉、晴はその場で顔を見合わせた。すかさず生徒会員に注意される。
「立ち止まらず二列で進んでください」
「はっ、はいっ」
 三人で慌てて列に並んだ。異装検査――通称「いそけん」の始まりである。

***

「携帯電話を回収します。クラスごとに箱に入れてください」
 異装検査はまず携帯の回収から始まる。異装検査はゲリラ的に行うので、「今日いそけんあるからみんな気をつけて!」とあとから来た生徒に情報が漏洩しないようにするためだ。検査の公平性というやつである。
「携帯電話は一時間目終了後にクラスごとに返却されます」
 柚葉は自分の学年とクラスの書かれた段ボール箱に携帯を入れた。列はどんどん前に進んでいく。
 階段前の掲示板の前には生徒会員がずらりと並んでいた。生徒会長、副会長、第一書記団長、厚生委員長、図書委員長……どれも三年生の役員クラスである。にこやかではあるがそのきりっとした姿にはオーラすら感じる。彼女たちの前に次々と生徒たちが並んでいく。
 どうやら異装検査は、その役員たちがじかに行うらしいのだ。
(こわい!)
 柚葉は初めて上級生の威圧感というものを感じた。前の生徒たちが順番に仕分けされ、手の空いた役員のところへとあてがわれていく。
「そこの君」
「は、はひっ!?」
 仕分け係の二年生が突然声をかけたものだから柚葉は飛び上がった。
「あそこに入って」
「は、はあ……」
 促されるままに柚葉は役員の前へと進む。役員の顔が見えるにしたがって柚葉は緊張するのがわかった。
(なんでいつもこう運が悪いの!)
 生徒会長、平(たいら)の前だった。

***

 生徒会とは生徒による生徒のための自治機構である。
女子高の三大行事と言われる演劇会、運動会、文化祭は全て生徒によって運営される。先生はあくまでサポートの立場に過ぎず、直接介入することはない。全て生徒が方針を決め、規則を決め、運営する。
 その頂点に立つのが生徒会だ。ともするとどこまでも自堕落になりがちな生徒たちを引き締め、諸般の雑用を引き受け、校則のないこの学校に規範をもたらすのが生徒会なのである。
 しかも生徒会役員になるには毎年熾烈な生徒会選挙を勝ち抜かなければならない。そしてそのトップである生徒会長とは、後輩からの信頼や能力、リーダーシップ、責任感を認められ、人気実力共に兼ね備えた「女子高生の中の女子高生」なのである。並大抵のことでは務まらない。
平生徒会長はそんなそぶりを微塵も見せず、柚葉の目の前で微笑んでいた。
「おはようございます」
 柚葉は消え入りそうな声で「おはようございます……」と返すのがやっとだった。平は長い髪をさっと後ろによけると、柚葉の緊張などお構いなしにさっさと検査を始めにかかる。
「靴のかかとを見せてください」
 柚葉は平にかかとを向けた。規定だとヒールの高さは三.五センチ以下となっている。平がさっと定規を取りだし柚葉のローファーに当てた。異常なし。
「はい、ありがとうございます。校章ついてますか?……ついてますね」
 シャツの襟またはニットの胸元に校章をつけなければいけない。しかしこの校章、小さくてよく落とすしうっかりニットの洗濯の際につけっぱなしにしてなくすこともある。
「はい。次、目を閉じてください」
 化粧やつけまつげも禁止。まつげエクステも不可。
「目を開けてください」
 平と見つめ合うかたちになり妙な緊張を覚える柚葉。そんなことよりカラコンやディファインは禁止である。
「髪を耳にかけてください」
 イヤリングやピアスは禁止。医療用の透明なピアスももちろん禁止だ。ただし、ピアス穴が開いているだけなら問題ない。
「首元を見せてください」
 赤いボウタイと第一ボタンを外し、首元を見せる。ネックレスは禁止だ。
「後ろを向いて髪を上げて、うなじを見せてください」
 うなじを見るのではない。髪の生え際を見るのである。エクステかどうかをここで確認する。まつげ同様髪のエクステは禁止。ただし、髪は何色に染めても問題ない。赤でも青でも違反にはならない。ただし、先生からの目は少し冷たくなる。
「ありがとうございます。手の指を見せてください」
 マニキュアや指輪は禁止。トップコートでも禁止だ。あー指の毛剃ってくればよかった…と柚葉は恥ずかしくなる。
「袖をめくって手首を見せてください」
 時計以外のアクセサリーは禁止。あ、腕毛も生えてきてる……と自分の女子力の低さに改めて気がつく柚葉であった。
「問題ないですね。ありがとうございました」
 平は爽やかにニコッと笑うとすぐさま次の生徒の検査に取りかかる。およそ一、二分の検査。あっという間だった。

***

 異装基準は校則ではない。生徒会が毎年独自に決める「規範」である。
 もちろん生徒会が勝手に決めているわけではなく、生徒からの意見も取り入れつつだ。たとえば夏場のワイシャツは汗を吸わなくて不快だ、ということで夏場は白いポロシャツでも登校が許可されるようになった。また、冬場は足元が寒いということでベージュのストッキングの着用が提案され、そのまま採用された。
 一見すると生徒による生徒の取り締まりのようで怖いが、そうでもしないとたるみきってしまう自覚が生徒にもある。
 たとえばパーマやカラーリングの禁止がないがゆえに、どんな髪型で登校してもよい。赤、緑、青。剃り込みや金髪縦ロールも平気でいる。最近の入学者はせいぜい茶髪かあっても金髪止まりなので「最近は大人しくなったわね」と言われるぐらいだ。そのぐらい海央館はなんでもありだし、破天荒なことをしても許されるところがある。特に三大行事と言われる演劇会、運動会、文化祭の時は、どこも勝つためには手段を選ばない人が多く、できることは本当に何でもしてしまうのだ。
 だからこそ生徒会が厳しいルールを設定し、違反をすれば行事の勝敗に関わる持ち点から減点するという制度をもうけたのだ。今回の異装検査は特に行事とは関係なく、一年生に異装検査に慣れてもらうために行ったものだったが、本来ならば異装検査にひっかかった人数分だけ所属クラスや団体から持ち点を引いていく。全ての行事は最終的な持ち点の合計で勝敗や順位が決まるので、勝負事の大好きな生徒たちにとってはこの一点二点の減点が大きな命取りになるのだった。事実減点の集計で順位が逆転するのは当たり前のことですらあった。
 しかし取り締まる側の生徒会にも苦労はあって、なんせ同級生を、もしかすると隣の席の子や仲のいい友達を取り締まらなければならないのである。本当は生徒会員だってそういうことをしたくない。しかし、これは誰かがやらなければいけない「仕事」なのだ。その気持ちがわかっているので、学年が上がるにつれて取り締まられる生徒たちも突飛なことはしなくなるのだった。
 ボウタイを結び直しながら教室へと向かう柚葉。後ろから遊莉と晴が追突するようにやってきた。
「よーう、ゆず、結構びびってたじゃないの?」
「そりゃあ怖いよ、だって平さん生徒会長だし、三年生だもん」
 よし、結べた、と呟く柚葉の隣で晴はまだボウタイに手こずっている。晴はボウタイをいじくりながら言った。
「三年生ってそんなに怖い? 平先輩優しいってみんな言ってるよ?」
「晴、平先輩って何部だっけ?」
「オーケストラ。なんかね、たてぶえ吹いてる」
 柚葉がずっこけた。
「たてぶえってリコーダーじゃないんだから……」
「ごめん、クラリネットオーボエどっちだったか忘れちゃった」
 てへへ、と笑う晴にすかさず遊莉が突っ込んだ。
「ちょっと晴! リボンの結び方ぐっちゃぐちゃじゃないの! こっち来なさい!」
「わー、ごめん」
 ぶつぶつ言いながら晴のボウタイを結び直してあげる遊莉。お前ら親子か、と呆れながら見ていると、「晴さん! こないだお義母様がきれいな結び方教えてあげたでしょう!」
「ごめんなさいお義母様! 忘れました!」
 やっぱり継母ごっこしていた。
「まったくこの子と来たらー! このっ、ぺちーん!」
「やめてお義母様ー!」
「もう、あんたたちいい加減にしなさいよ! そろそろ授業でしょ!」
 佳境を遮られた遊莉が頬を膨らます。
「だって面白いんだもーん」
「……」
 やれやれ、と柚葉はため息つきつつ教室のドアを開ける。
 しかし始業三分前というのに教室はもぬけの殻だった。
「……?」
「もー、ゆずー! 怒んないのー!……ってあれ、誰もいないし」
ぽかんとする柚葉と遊莉の後ろで、晴が「あーっ!」と絶叫した。
「今日一限体育だよ!」
「わああああ!!」
 三人で慌ててロッカー室に駆け込んだ。ここは五階だが体育館は地下。しかも体育の先生はちょっとの遅刻にも容赦しないばりばりの体育会系なのだった。
結果、三人して遅刻して朝からまとめて雷を落とされた。
「いそけんだからっていう言い訳は通用しませんよっ!」
「はい……」
 私巻き込まれただけなんだけどなー、とちょっぴりしょげる柚葉であった。今日はちょっとついてなかった。
「で、今日はバレーボールの試合をします」
「ええぇぇぇぇ!!」
 ぜんぜんついてなかった。

 

おわり

あとがき

 今回のおまけのストーリーは「かもめダイアリー」の表紙・設定画イラストを担当していただいた植木まみすけさんと制服のデザインについてお話ししている時に思いつきました。
 まみすけさんのブログはこちら。

mm9.hatenablog.com


 まみすけさんのメイキング記事はこちらです。

note.mu


 柚葉たちの制服は設定集タグの中で見られます。ぜひ見てみてくださいね! かわゆすかわゆす。。。

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