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かもめダイアリー

画:植木まみすけ http://mm9.hatenablog.com/

第5.5話「二人はペディキュア」

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 「おーい、ヨッシー今暇か?」 

 その声に西田は殺意を込めて振り返った。 

「……職場でその呼び方、マジでやめてくれない?」

 「いいじゃん、もう下校時間過ぎてるし」 

「そういう問題じゃない。やめて」 

「はぁい」

  全く悪びれる様子のない榎に西田はうんざりしてため息をついた。帰り支度を着々と進めながら訊く。 

「で、何の用」 

「あ、そうそう。これなんだけど」

榎は鞄から何かを取り出すと、西田の机にそれを置いた。

「これあげる」

「……マニキュア?」

「そう」

 100均で売っていそうな小さなマニキュアボトル。しかも色は黒。西田の第六感が危険を告げる。

「何でこれを?」

「お前って爪弱かったろ。そうやってスリッパつっかけて引きずるように歩くと爪痛くなるから、足に塗っとけ。結構いいぞ」

だが断る

西田はそうきっぱり言うと、自分はまた帰り支度に取りかかった。

「やっとけよー。お前スパイク履いてたときも爪痛いって言ってたじゃん。ちなみに俺も塗ってる。見る?」

「見ねぇよ」

「えっとね、こんな感じ」

「脱ぐなよ!」

 頼んでもいないのに靴を脱ぎ靴下を脱ぐ榎。

「他の教室が授業中の時って図書室は暇でさ。こっそり塗ってみたんだけど、ほら、かっこよくない?」

「脛毛見せつけなくていいから! 邪魔!」

自慢したいというよりは嫌がらせして楽しみたい榎である。それをなんとか押し止めると、西田は疲れきった顔で言った。

「だいたいな、俺は友則みたいに暇じゃないし、今日は俺さっさと家帰って録画したガンダム見たいんだけど」

「オルフェンズか? 今週面白かったぞー、三日月が……」

その瞬間ものすごい目つきで睨まれたので榎は沈黙した。

「あー……悪い、冗談。で、ガンダムも大事だがお前ももう少し自分の体大事にしろよー。母さんも心配してたぞ」

「何で母親の話を出すんだよ」

「お前自分の体調とか食生活に無頓着過ぎて怖いんだよ」

「……」

 都合が悪くなると黙るのは西田の癖だ。ほらみろ、とでも言いたげな榎。

「まあ、とりあえず足を出せ。俺が塗ってやるから」

「はあ!?」

「どうせお前俺が『やれ』って言ったってやらねぇだろ。今やってやる」

「いや、やらないから!」

孔子様はおっしゃった……談判決裂した時には太鼓打ち鳴らして実力行使だってな」

「何カッコつけてんだよ! それイノセンスのバトーだろ!」

「おっ、ヨシも見てた?」

 こうして放課後の大乱闘が始まった。

***

 教室で一人数学の問題と格闘していた柚葉はいつの間にか下校時刻5分前になっていることに気がついた。

「うーん……」

 柚葉は目の前の計算式だらけの紙に大きくバツをつけると、大きく伸びをしてまた唸った。相変わらず計算が合わずにどつぼにはまっているのだ。今日これだけは綺麗に解かないとかもめ寮に帰ってもモヤモヤして明日まですっきりしないのは明白だった。ノートと筆記具を片手に、ずるずると重たい体を引きずっていく。がらんとした廊下を進みながら、西田さんもう帰ったかもしれないな、と柚葉は思った。

 すると、西田のいる数学科準備室はまだ明かりがついていた。それどころか、中からどたばたした物音と切羽詰まった声が聞こえる。

「ほら、大人しくしろ――」

「だから嫌だってば!」

「すぐ済むから、な?」

「脱がすな! バカっ、あっ、あーーーーー!」

 一瞬ドアを開けるか開けないか迷った。が、勢いに任せて柚葉はドアをバン! と開け放った。

「西田さ……!」

 ドアの向こうにあったのは。くんずほぐれつの榎と西田の体。

 二人の髪とワイシャツは乱れ、靴と靴下は床に散乱している。

 満足げに頬を上気させた榎に組みしかれた西田は、床の上で屈辱の表情を浮かべつつ少し涙目である。

 柚葉はドアの外で聞こえた会話と目の前に広がる薔薇色な光景から3秒で演算を済ませると、無言のままピシャリとドアを閉めた。

 そして来た道をダッシュで帰った。走りながらスマホメーリングリストを開く。


To:1Cメーリス
本文:西田×榎カップリング再浮上なう

 

 柚葉の頭の中で何が起きたか察した兄弟はワンテンポ遅れて悲鳴を上げ、慌てて廊下に飛び出した。 

***

 数分後。

 数学科準備室の西田は、ペディキュアでつやつや光る自分の足の爪を見て何とも言えない表情をしていた……

おわり