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かもめダイアリー

画:植木まみすけ http://mm9.hatenablog.com/

第7.5話「名コンビの理由」

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 いつものように副部長の碇は部長の塩見の隣に正座すると、本日の練習メニューと人員の振り分けを読み上げた。穏やかな声が茶室を渡っていく。
「――今日のメニューは以上です。塩さん、何か連絡はありますか?」

「ありません。ハッチさんはありますか?」
「ありません♪」
「じゃあ」
 すっと全員が畳に手をつき、唱和する。
「お稽古よろしくお願い致します」

 「いつものことだけど、塩さんとハッチさんのコンビ見てると癒されるよねえ」
 本日のお菓子、落雁和三盆糖を固めたもの)をぽりぽり噛みながら言う柚葉に全員がうなずいた。まゆがぼんやりとつぶやく。

「なんていうか、安定の二人というか、そこにいるだけでほっとするというか……」
  遊莉と晴は練習もそこそこに、ホワイトボードに落書きをして遊んでいた。相変わらず一年生組は茶室の隣の教室に押し込められていて、ひたすら袱紗の扱いの練習ばかりで飽きてしまうのだ。晴が珍妙なバランスの猫を描いていく。頭がもげそうだし胴体がひょろ長い。柚葉はそれを見て西田と榎の絵しりとりを思い出した。
「私もやる」
「えっ、まゆちゃんも⁉」
 驚く柚葉に振り向きもせず、まゆは袱紗を放り出してマジックペンを握った。さらさらと描き始めると、晴も遊莉も「おっ」と声を上げた。
「まゆちゃんうまーい!」
美大生みたい」
 まゆは得意になって描いていた。きゅうり、と、それを食べようと口を開ける女の横顔。なぜきゅうりなんだろう、しかも何でこの構図なんだろう……と柚葉が思っている間にどんどん雲行きが怪しくなってくる。妙にリアルなのだ。そして女の表情がどう見ても食べ物を食べるそれではない気がしてくるのだ。さらに、きゅうりに水のしたたりのようなものを描きたしていくまゆ。
「きゅうりのみそ漬けなの」
「……?」
 柚葉は微妙な顔でそれを見守っていた。なんとなく……卑猥な絵に見えてきた。構図的に。遊莉がおそるおそる声をかける。
「……まゆちゃん?」
「ふふ……」
 不気味な笑みだけが返ってきたので柚葉たちはこれ以上かかわらないことにした。
 そこに突然教室のドアが開いて碇がにこやかに入ってきた。
「もしかして一年生ちゃんたちのことだから遊んでるんじゃないかと思って覗きに来ちゃった♪」
「ひぇっ」
「ぎゃっ」
 碇は落書きだらけのホワイトボードに目をやった。目をそらす晴、遊莉。まゆは慌てて自分の描いた分をイレイサーでこすって消した。
「あれ、何描いたの? ふふふ」
 「な、なんでもないです!」
 まゆの声が裏返っていた。何を描いていたのかこっちが聞きたい。
 この柚葉たちの間に流れる微妙な空気に碇は気づくことなく、碇は続けた。
「じゃ、あと十五分ぐらいしたらお茶会するからおいで。遊莉ちゃんよろしくね」
「はぁい」
  遊莉はいい子のふりで返事をし、碇が教室から出ていくとぺろりと舌を出した。
「危なかったわね」
「いろいろとね」
 柚葉と遊莉はうなずき合うと、まゆを見た。まゆはそんなことには気づかず、晴と普通に話をしていた。
「ねえねえ、遊莉とハッチ先輩って知り合いなの?」
「遊莉も碇先輩も初等部出身だから、顔見知りみたいな感じらしいよ。ね、遊莉」
「まあね」
  柚葉はそこで気づいた。
「んじゃ、塩さんは?」
 晴が答える。
「高校からの入学だって聞いたけど」
「ふーん、それでもあの仲の良さはうらやましいぐらいだね」
「そうだね」
  遊莉に全員がうなずいた。

*** 

 上級生たちに呼ばれ、言われるままに茶室に一列に並んで座ると、目の前に三角形のふかふかしたものが懐紙に乗って運ばれてきた。お点前をしながら碇が言う。
「今日のおやつはげたんはだよ。実家から送られてきたの」
「げたんは?」
  きょとんとする柚葉にお菓子を運んできた塩見が解説する。
「鹿児島じゃ超メジャーなお茶請けだよ。下駄の歯みたいな形をしているから、げたんは」
「なるほど」
  どうぞ召し上がれ、と碇のいつもの癒し系ボイスに促されてげたんはを手に取る面々。柚葉は一口かじってみた。
「おいひい……」
 感動的な甘さだった。表面はさくっとした触感だが中は半生でしっとりしていて、黒糖の甘さがくちにじゅわっと広がり噛めば噛むほど甘さが広がる。
「おいしい……おいしいですこれ!」
「よかったぁ、ゆずちゃんの初めてゲットだよ!」
「ハッチ、その言い方はちょっと……」
  碇が棗のふたを開けて茶碗に抹茶を入れていたが、途中で手が止まった。
「あれ? お抹茶が……」
「足りなくなっちゃった? ちょっと待ってて」
  塩見は水屋に回ると手に小さな紙袋と銀色の缶を持ってきた。
「実家から少し送ってもらったの」
「塩さん、これは……!」
  まゆが目を見開く。
「うちの茶畑でとれたの。おいしいはずよ」
  まゆはその缶のラベルを見てさらに驚いた。
「おいしいはずって、なにも、さ、最高級茶葉じゃないですか……!」
 晴が言う。
「塩さんのお家ってお茶農家さんなんですか?」
「そうだよ。あれ、言ってなかったっけ?」
  ちなみに、と塩見は紙袋の中をがさごそやると、今度は金色の四角い缶を出した。
「和紅茶の茶葉も送ってもらったの。あとでお湯沸かして菓子パーしましょ?」
「塩さん! 天使!」
  思わずそう口走った柚葉の中で、碇と塩見への好感度がぎゅーんと上がった。

***

 お茶会の後、茶室の隣の教室で開かれたお菓子パーティは優雅なものだった。部屋の片づけを任された柚葉たちだったが、その余韻に浸って椅子の上に寝そべるようになったまま、誰一人として動こうとしなかった。
「げたんはと紅茶……最高だったね」
「天国を見たわね……」
  特にまゆと柚葉は何も言わずただ寝そべっていた。よほどげたんはと紅茶が気に入ったらしかった。仕方がないので遊莉と晴が率先して動くことにする。黒糖でべたべたになったげたんはの容器と懐紙をゴミ袋の中に突っ込んでいく。遊莉が突然閃いて手を打った。
「あ、げたんはとお茶。ハッチさんと塩さん。ふふふ」
「……どうしたの?」
「晴、察しが悪いわねえ。げたんはとお茶がナイスコンビなように、二人ともナイスコンビってことよ」
「なるほどねー」
「あ、今あんた生返事したでしょ」
「してないよ!」
 下校のチャイムが鳴る。遊莉は寝そべったまま動かない柚葉とまゆの椅子を蹴り上げた。
「いつまで魂抜かれてるのよ。さっさと掃除する!」
「はぁい……」
「仕方ないなぁ……」
 のろのろと動き出す二人。
「もうちょっとシャキッとしなさいよね!――あ、げたんはの残りみっけ」
 そのとたん四人で取り合いになったのは言うまでもない。

 

おわり